代表取締役社長 後藤 敏公 氏
所在地 |
名古屋市中川区乗越町2-41 |
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TEL |
052-361-8366 |
FAX |
052-361-8360 |
担当者 |
高橋 和巳 |
事業内容 |
各種機械部品及び設備部品全般 |
「人には言えない苦労もたくさんしてきたよ」ほんのり目頭に熱いものを溜めて、後藤社長は本音で語ってくれた。社長とはみんな様々な苦労を抱えながら、会社の経営をしているのだということを実感した取材であった。
株式会社みづほ合成工業所は、名古屋市中川区で樹脂成型を営む会社である。朝鮮動乱の後、後藤社長の父親が名古屋市瑞穂区にあった民家の土間を借りて、プラスチックの成型を始めたのが同社の起こりである。約50年の歴史の間、4人の社長が交代した。後藤社長で5代目である。
創業当初、後藤社長の父(四男6人兄弟末子)にあたる専務の営業力と、初代社長である次男・秀吉氏の管理能力、そして三男・勇氏の技術力。この3頭体制で会社はぐんぐん成長し、オイルショック、バブルという谷も乗り越えた。そして現在の後藤社長の時代に至る。
「蛙の子は蛙なんですよ」と後藤社長。一度は家業を継がず、医療の仕事を目指しリハビリテーション専門校に籍を置いたものの、やはりみづほ合成工業所を創業した父の「ものづくり」本能は、後藤社長のDNAに刻み込まれていたのである。
後藤社長は今後の事業方針として以下の3点を挙げている。
上の3つに共通するのは「アイディアから加工、デリバリーまで一貫したものづくり」ということである。
みづほ合成工業所ではプラスチック業界ではいち早くCADを取り入れ、設計に取り組み始めた。自社で設計を行い、最後まで自社の技術で締めくくることで、この3つのテーマを強化している。
みづほ合成工業所では、今から18年前の1986年に、表計算ソフト・Excelの前身であるマルチプランという表計算ソフトで財務管理を行い、データベースソフトで取引の記録を導入した。その後、社内のパソコンをLANでつないで情報の共有化を進めた。自らケーブルを買って来て、配線を行った。今では表計算ソフトも、データベースも、社内LANも当然のように思われるが、18年前には画期的なことだった。
その後パソコンの台数も増やしていったのだが、それらのパソコンも自作だったというから驚きである。現在は社員全員がアカウントを持ち、出退勤の連絡はメールで行い、携帯から社内のデータを見ることもできる。
後藤社長は、今後のIT活用法について次の3点を挙げた。
この3点を上から順に実現し、自社商品を開発してネット上で販売することが最終目標である。そのためには新工場設立によるキャパシティーの拡大と、精度の高い在庫管理も必要になるだろう。「以前では中小企業が営業力を持つことは難しかった。しかしITがそれを可能にした」と後藤社長は話す。IT化は攻めの手段。自前でLAN回線を引き、パソコンを組み立てる。蛙の子である後藤社長は、このマインドでIT化を進め、これからもみづほ合成工業所を変えてゆくであろう。