「そうです、美咲さんの中学時代の同級生です。……ええ、久し振りにみんなで会って、飲んでたら、美咲さんが悪酔いしちゃって」
拳磨は美咲のケイタイで通話していた。悪いとは思ったが、彼女のバッグを漁ってそれを見つけ出し、アドレス帳にあった自宅にかけたのだった。電話に出た彼女の母親に、焼肉屋で初めてあったとは言えず、中学の同級生を装っていた。
席になかなか戻らない自分たちを、抜け駆けしたと思ったらしい毛利と室田が店の外に出てきた。しかし、惨状をまのあたりにすると、美咲を押しつけて二人は退散してしまった。
このまま急性アルコール中毒でどうにかなられても困る。しゃがみこんで動かなくなった美咲をおぶって、近くの病院にきた。
まったく最近はヘンに病院と縁があるぜ。
今、美咲は病室で点滴を受けて眠っている。
とほほ……
美咲は二度、三度と吐いた。拳磨が思っていたのは、下ろし立てのホワイトジーンズにもう脚を通す機会はないだろうということだった。
やがて病院に現れた美咲の母親は、ひどい臭いを立てている拳磨に向かって平身低頭した。
拳磨は母親が差し出すクリーニング代を断り、病院をあとにした。
*
今日も溝の底は斜めになっていた。
斜めになるということは、バイトの刃先が真っ直ぐでないということだ。
拳磨は何度も何度もグラインダーの前に立った。そうして、バイトのチップを研いだ。だが、うまくいかない。
陽が落ちて、また機械と対話する時間になったらしい鬼頭が、奥の事務所から作業場へと熊のようにのそりと姿を見せた。
そうしてバイトを研ごうというのだろう、グラインダーのほうへと向かっていった。
「誰だあ、こんな使い方したヤツは?」
声がした。
今日、一番グラインダーの前にいたのは自分だ。
「俺です」
拳磨は鬼頭のところにいった。
(つづく)
SPECIAL THANKS
株式会社ヒューテック・藤原多喜夫社長
参考文献
『トコトンやさしい旋盤の本』澤武一(日刊工業新聞社)
『絵とき 機械用語辞典‐切削加工編‐』海野邦昭(日刊工業新聞社)
『技能ブックス(2)/切削加工のカンドコロ』技能士の友編集部(大河出版)