勝浦海岸は海開きしたばかりだったが、多くの人出があった。水着姿の女の子たちもたくさんきている。
海水パンツの三人は浜で辺りを見回した。
毛利の目の色が変わっていた。
「さあ、ナンパだ! ナンパだ!」
そうして、拳磨を見て、
「なにしてるんだ、剣君! 突撃だ!!」
「え?」
「当たり前だろう。この三人の中で一番ルックスがいいのはきみじゃないか。室田君なんかが声をかけたら、女の子たちが怖がってしまうよ。きみが釣り上げて来るのが、順当な役目というものだ」
ホントかよ?
「いざ出陣! イケメン拳磨!!」
いい気なものである。拳磨は仕方なくナンパに出かけていく。
だが、もともと愛想のない自分には、女の子への声かけは至難の業だった。ケンカよりも度胸がいる。
「あのー」とか「そのー」とか、やっとの思いで声をかけても無視されてしまう。相手にしてくれるかと思ったら、すでに男連れだったりした。
海パン一丁で浜辺を一人うろついている自分が、だんだんバカバカしくなってきた。こうなったら、誰でも連れ帰ればいい。成功確度を上げるため、この際女の子の質を落とすことにした。
すると、向こうで退屈そうにしている二人連れを発見。拳磨は意を決して歩み寄る。
「あのー、はっきり言ってナンパなんだけど」
自分ながら間抜けなことを言ったものである。
「はあ?」という表情で見返してくる二人。そりゃそうだ。
「友だちと一緒にきてるんだけど、こっちにこない?」
拳磨の言葉に、「どうする?」といった感じでもじもじと顔を見合わせていた。一人はひょろりと背が高く、もう一人は小柄でぽっちゃりしていた。二人とも顔は普通よりちょい下回るが、一応ビキニ姿だ。
「ねえ、いいじゃない」
さらにそう言って押した。もうこれで決めちまいたい。拳磨は祈るような思いだった。
「いってみよっか」
「じゃ、ちょっとだけ」
やった!
さて、毛利と室田の元に戻ってみると、彼らは海の家からレンタルしたらしいビーチパラソルの下で寛いで待っていた。ところがこの二人、拳磨が連れ帰ったユリ(ひょろ長いほう)とエミ(ぽっちゃり)がお気に召さないようで、はなはだ愛想がよくない。
んな、あんまり身勝手だろ、あんたたち……という思いの拳磨である。
連れてきた女の子のほうも、不機嫌そうだ。
「そっちで呼んどいて、どういうことなのよ」
と拳磨に詰め寄る。
拳磨は慌てて、毛利にささやく。
「あんなんでも、やっと連れてきたんですよ。返品したって、次にもっといいのが来る保証なんてないですから」
「うーん……」
「野郎三人でいるよか、マシでしょう」
「まあ、それもそうだな」
いったん妥協すると、毛利と室田は女の子たちに対してすこぶる愛想がよくなった。楽しそうに話したり、水遊びしたりし始めた。
やれやれ。拳磨はパラソルの下で、ごろりと横になった。
風に肌寒さを感じる頃、皆で服に着替え、食事に行こうということになった。
チェーンの居酒屋に入って、みんなは生ビールやサワーを飲んでいたが、拳磨は帰りの運転を考えてアルコールはよしておいた。
まったく俺はなにをしにここにきてるんだ?
店を出ると、拳磨は、「そこら歩いてくる」と言って、みんなから離れようとした。男は一人あぶれるわけだから。
すると、
「あたしも」
と言って、ユリが自分についてきた。で、なんとなく二人で再び浜辺のほうに向かって歩いた。
「学生? それとも社会人?」
と彼女が訊いてきた。
「働いてる。そっちは?」
「美容専門学校に通ってるの。エミもよ」
「ふーん」
「なんて会社に勤めてるの?」
「鬼頭精器」
「キトウセイキ?」
ユリが頬を赤らめた。
まったく女ってヤツは……
「ヘンな想像すんなよ」
「なんの仕事してるの?」
「削り屋。まだ見習いだけどな」
「削り屋?」
「旋盤で削って、いろんなもんをつくる」
「へー、面白そう」
口ではそう言っているが、たいして関心はないのが分かる。
拳磨のほうも、一歩も先に進めない仕事のことを思い出して、鬱屈した気分がよみがえった。
「あんた、彼女は?」
「え?」
「付き合ってる子、いるんでしょ?」
思い浮かんだ顔は絵理奈ではなく、サヨだった。サヨは、こちらを見て、楽しそうに笑ったり、そっとうつむいたりした。
「そんなもん、いねえよ」
「どうして? あんたカッコいいのに」
「いねえもんは、いねえよ」
ユリと一緒に駐車場のレンタカーまで戻り、車内をのぞいてみて驚いた。女一人に男二人が絡み付いていた。
まったく、ケダモノか……拳磨はほとほと呆れた。
仕方なく、またユリと海岸を歩くことにした。
「ねえ、あたしたちはどうする?」
そう言う女の目をのぞいてみると、飢えたような光が宿っていた。
ええっ! マジかよ!!
確かに顔はイマイチだが、すらっとしてスタイルは悪くない。ミニスカートから伸びた脚はイイ線いってるかも。
ユリの顔にまた目をやると、向こうもこっちをじっと見つめていた。
しばらくヤッてねえしな。ここらで一発キメとくか。
拳磨はユリの肩を抱き寄せようとした。
すると、その時だ、向こうにあるテトラポッドに腰を下ろしていた頭の禿げた男がどさりと砂浜に倒れ落ちた。
すぐさま拳磨はユリを放り出し、そちらへと向かった。
「なによお」
というユリの不満げな声が背後から聞こえた。
拳磨が駆け寄ると、男性は白目をむいていた。
膝をつき、男性の胸と腹が動いているかを見る。そうやって呼吸の有無を確認するのだ。
「よし」
呼吸はあった。
拳磨は歯科大で救急救命の講義を受けていた。
口の中をのぞくと、なにか詰まっていた。指を入れ、急いで掻き出す。そうしながら、
「救急車!」
とユリに声をかけた。
立ちすくんでいた彼女が、慌ててケイタイを取り出すのが見えた。
拳磨は人差し指と中指を男性のあごの先に当て、一方の手を額に当てた。そうして、あご先を持ち上げるようにしながら額を静かに後方に押し下げるようにした。そうやって気道を確保する。頭部(とうぶ)後屈(こうくつ)顎先挙上法(あごさききょじょうほう)。
「スゴイ。あんたいったいなんなの?」
目を見張っているユリに、
「救急車呼んだか?」
と拳磨は訊いた。
ユリがうなずいた。
「ねえ、指ケガしてるよ」
拳磨は、自分の右手の人差し指と中指から血が流れているのに気がついた。