kataya

第八章:削り

今回の技能五輪全国大会には一千九十七人の選手が参加する。そのうち旋盤の代表選手は八十一人だ。旋盤はA、B、C、D、Eの五つのグループに分けられて競技を行う。
第一日目はAグループに振り分けられた選手らの工具の搬入と試(ため)し削(けず)り。第二日目がAグループの競技日に当てられる。
そうして、その第二日目である十月二十二日朝、拳磨は、室田とともに新宿から特急あずさに乗り込んだ。二人とも工具を詰め込んだリュックを背負い、両手に思いバッグを提げている。Bグループの拳磨は、Aグループの競技終了後に工具展開と試し削りを行う。
今大会の開催場所は長野県の松本市と諏訪市内の数会場に分かれる。旋盤の競技場となる諏訪湖イベントホールまでは上諏訪駅から徒歩で十五分ほどの距離だ。重い荷物を持ってそこに向かう。
到着してみると巨大な施設で圧倒された。会場では今まさにAグループの競技が繰り広げられているのだ。拳磨の中に緊張が走った。
ホール内に設けられた指定の工具置場に荷物を置いてしまうと室田が、
「どんな感じか、覗いてみるか?」
Aグループの競技風景を視察しようと提案してきた。
「いや、それよかメシ食おう」
張り詰めかけた心を自らほぐすように、こともなげに言った。
「長野ってなにがうまいんだ?」
拳磨は軽い調子でそんなことを訊く。正直、それほど食欲はない。
「ほうとうじゃないか」
と室田。
「ほうとうは山梨だろ」
「そうか、山梨か」
結局、蕎麦を啜って、そのあとは紅葉した諏訪湖畔でぼんやりと過ごした。
午後三時、会場裏の搬入口に戻ってみると、駐車場には多くのトラックが駐車していた。
「おお……」
室田がため息ともつかない声を漏らした。
「俺らと違って、どこも大っきなトラックでやって来るんだな」
搬入、搬出は複数人での手伝いが許されている。しかし、鬼頭精機は月曜の今日、このために全員が休むことはできない。競技のある明日のみ、鬼頭と宮下もやって来ることになっている。
拳磨は室田を見た。
「競技場内に入っちまえば、工具展開を手伝えるのは選手一人に対して付き添い人も一人だけだ。頼りにしてるぜ、室田」
「ああ、任せとけ」
それにしても、他チームの動員数と物量の豊かさには圧倒された。これがメーカーとの資本力の差ということか。
整然と搬入作業を行うスタッフらの中に、同じ銀色のウインドブレーカーを身に着けた一団がある。その背中には〔KANNAZUKI〕というロゴが入っていた。
神無月ってどういうことだ?!
会場内に機材を搬入してよしという主催者側からの呼びかけがあった。
「行こうぜ、剣」
室田に促され、ホール内に入る。
拳磨の頭の中は、先ほど目にした〔KANNAZUKI〕のロゴでいっぱいだった。
控室で作業服に着替える。工具置場にいったん預けておいたリュックとバッグを引き取り競技場へと続く長い廊下を歩いていると、競技を終えたばかりのAグループの選手らと擦れ違った。皆が消耗し、げっそりとした表情をしている。しかしその目だけは、なにか恐ろしい魔物にでも遭遇したように暗い輝きを放っていた。
「きみ、鬼頭精機の人だよね?」
声のほうを見やると、頭の禿げたオッサンがこちらをじっと見つめていた。拳磨のネズミ色の作業服の胸には〔鬼頭精機〕と会社名が刺繍されている。
「はあ、そうですけど」
「私に覚えがないかな?」
向こうも水色の作業服を身に着けていた。隣に同じ作業服姿の小柄な東南アジア系の若者が立っている。
「さあ……」
誰だろう? 
室田も何事だろうといった顔をしている。
「きみ、一昨年(おととし)の夏、千葉の勝浦に行ったよね。そこで、禿げた男を一人助けなかったかい?」
それでぴんときた。
「あっ、あの茹で卵オヤジだ!!」
思わずそう声を上げ、しまったと思い、
「スミマセン」
謝った。
「いやいや、こちらこそ。あの時は、本当に世話になった。ありがとう」
直角の姿勢になるくらい、てかてかと光る頭を低くした。
「そんな」
拳磨は恐縮してしまった。
「申し遅れたが、私は桧山(ひやま)金属(きんぞく)の桧山です」
「剣です」
「室田と言います」
二人はぺこりと頭を下げた。
「当時、過労で入院していたんだ。ちょうど暑くなり始めた頃だったし、仕事が重なっててね。それでも、すっかり静養して退院日が決まると、気分がよくて散歩に出たんだ。で、調子に乗って茹で卵を買って食べた。しかも三つ」
桧山がいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「それを喉に詰まらせ、通りかかった剣君、きみに助けられた」
おかげで、こっちはソノ気になってたユリとヤリそこなったってわけだ。
「しかし、よく分かりましたね」
「いくら意識が朦朧としてたとはいえ、命の恩人の顔は忘れんよ。それに、鬼頭精機の人だということは知ってたからね。あの時の警官、中島さんが、きみが的確な処置をしてくれたことを話してくれた。お礼したいと伝えたら、個人情報だのなんだの細かいことは言わず剣君の勤務先を教えてくれたよ」
拳磨は、あの小柄だがタフそうな中島巡査の横顔を思い出していた。
「するとどうだい、命の恩人は同業の削り屋だったってわけだ。こんな偶然ってあるかい? こりゃあ旋盤の神様のお導きだと思ったね。しかし……」
と桧山が表情を曇らせた。
「その削り屋がオニセンの会社となれば、足が重くなるよな」
しかし、なんなんだろうね、このウチの社長の同業者からの疎(うと)まれ方っていうのは……
拳磨は以前、美咲から聞いたウィキペレレに載っていたという一文『〝オニセン〟と呼ばれ、恐れられている』を思い出していた。

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