kataya

第八章:削り

サヨから渡された紙片には郡山の駅からほど近いマンションの住所が記されていた。
建てられて間もないような、きれいないいマンションだった。その前に立った時、夏の日に夕闇が忍び寄っていた。
オートロックドアの横にあるインターホンでメモの部屋番号を呼び出す。
「はい」
若い女の声が応えた。
「剣ってもんだけど、吾朗に会いたい」
女からの返事はなかった。
「友だちなんだ。吾朗、そこにいるんだよね?」
すると、女は向こうで誰かと話しているようだった。
やがてオートロックが開錠されて、ドアが開いた。
拳磨はマンションの中に入りエレベータに乗り込んだ。
カゴから降り、エレベータホールを曲がると、廊下の向こうで吾朗がドアから半身を覗かせていた。ユニクロかなんかのルームウエアを着ている。ずいぶんと寛いだなりだった。
「よお、拳磨」
拳磨は吾朗の前に立った。
「入るか?」
そう言う吾朗の背後で、タンクトップにショートパンツの女が不審そうな表情でこちらをうかがっていた。
「出ろよ。話がしたい」
吾朗が頷き、後ろ手にドアを閉めると女の姿が消えた。
「生まれたぞ、子ども。女の子だ」
そう伝えると、吾朗の表情が変わった。寂しそうでもあり、満足そうでもあった。
「無事だったか?」
拳磨は頷いてから、
「流産しかけたんだ。サヨは一人で産んだんだぞ」
吾朗が顔をそむけた。
「なんでこんなところにいる? 会いに行ってこい。サヨと自分の子に会いに行け」
「行けないよ」
「なぜだ? サヨは海って名付けるって言ってた」
「無理だよ」
くぐもったような声で言った。
「無理だよ……サヨはあんな身体で母親なんて務まらねえよ」
「なに言ってんだ、おまえ?」
「子どもと一緒に海水浴もできねえし、温泉だって入れねえんだぞ!」
拳磨は吾朗の胸倉をつかんだ。
「なに言ってんだ、テメエは?! 今さらなに言ってんだよ!!」
吾朗が拳磨の腕を振りほどいた。
「せめてと思ってカネを置いてきた」
「神無月のカネをか」
「ほかに俺にどうしろっていうんだ?」
拳磨は底知れない空しさを感じた。
(つづく)
 

この物語はフィクションであり、物語を構成する一部の技術に、実際と異なる演出や表現があります。
また、物語の構成上、一部に現存及び類似する商品、商標、人物、団体名などが登場しますが、これらはその経済的価値を利用し、またはその信用を損ねる目的で使用しているものではありません。
執筆に当たっては、製造業関係者の皆様のご協力を得ていますが、作中に誤りがあった場合には、それはすべて作者が創造したものか、認識不足によるところです。

上野 歩

SPECIAL THANKS
株式会社ヒューテック・藤原多喜夫社長
厚生労働省職業能力開発局能力評価課・松村岳明技能振興係長
東京都職業開発協会、株式会社日立製作所電力システム社日立事業所の皆さん

新規会員登録