kataya

第七章:螺旋(らせん)

旋盤を前にして拳磨は大きくため息をついた。
ダメだ……やはり。
旋盤のチャックには自分が削り出した銀色の円錐があった。まだ、角笛のように中はくり抜いていない。手のひら大のその円錐に、まずは巻貝の螺旋を彫りこまなければならなかった。だが、どうやってそれをしたらいいのか見当もつかなかった。
浜通りから戻った足で、拳磨はそのまま毛利製作所へと向かった。そして、この円錐を削り出した。
「ほう、面白いもん削ったな」
休日の工場にただ一人いた樽夫が、拳磨の横にやってきた。
「しかし、これじゃあダメなんです……」
「ダメって、どういうことだべ?」
拳磨はバイ貝型のことを樽夫に話した。
「ははーん、そらあ土台無茶な話だ。旋盤は構造自体が、貝の形を削れるようにできてねえべ。まず巻貝の螺旋模様を思い浮かべてみろや。あれは斜めに入ってる。斜めに渦巻きながら螺旋模様を描いてるわけだ。旋盤は斜めには動かないべさ」
分かっていた。だから、吾朗に貝をつくってくれと言われた時、即答できなかった。躊躇したのだ。
「それから剣君、その巻貝の螺旋の幅って、どれくらいをイメージしてる?」
「一・五センチくらいで始まって、それが少しずつだんだんと狭まって行くイメージでしょうか」
「そうだな、この手のひら大の円錐を見たとこだと、螺旋の幅はそんな感じになるだろうな。ところがよ、この六尺旋盤。コイツはピッチをミリ単位んで刻んでくもんだ。そんな幅の広い模様はそもそもが描けねえんだ」
「六尺旋盤で円錐に巻貝模様を刻もうとしたら――」
「そらあ、せいぜいが五ミリピッチのねじを切ることしかできねえべな」
「……ですよね」
それも分かっていた。
「なんで、そんな面倒な細工をしようとしてるんだ?」
拳磨は黙っていた。
「なんならマシニングセンタでつくってやろうか? 三次元加工でなら、貝の形はできそうだな。それだって、上と下じゃあ、刃物が切りきれないから、あらかじめ貝を縦に二つに割ったような状態で加工して、あとからそれをくっ付けるしかねえべな」
NC機でもそんな手間がかかるのか……と拳磨は思った。だが、それでも、
「俺がこの手でつくりたいんです」
拳磨は絞り出すように言った。
「どうしても汎用旋盤でつくりたいってか?」
黙ったまま頷いた。
「なんでなんだ? なんでそんなにこだわるんだ?」
なぜなら……
「え、剣君よ、どういうことだ?」
なぜなら……これが、吾朗とサヨの、サヨのお腹にいる子の祝いのつもりだから。
「なんか、よっぽどの理由があるらしいな」
そう言うと、樽夫は腕を組んでなにか考えているようだった。やがて、拳磨を見た。
「あの機械ならできるかもな。戦後間もなくの古い機械でな。あれなら、強螺旋が切れるかもしれねえべ。船舶部品をつくる時につかう技術だった」
「どこに、それはどこにあるんです?」
(つづく)
 

SPECIAL THANKS
株式会社ヒューテック・藤原多喜夫社長

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