kataya

第六章:ある削り屋の軌跡

前略 剣君お元気ですか? 慣れないところに長くいて、不自由してないですか? 
吾嬬町は変わりありませんが、そちらは原発のこととかで、大変なんじゃないですか?

「ああ、大変だぜ。今日も、注文の打ち切りがあって、毛利社長が落ち込んじまってよ」
拳磨はまるで美咲に語りかけるように独りつぶやいていた。

わたしのほうは内定をもらった神無月メディカルサービスの介護施設で、研修を兼ねてアルバイトを始めました。就活対策として、企業や業務の研究をしてはいたのですが、それは本で読んだ知識ばかりですから、聞くと見るとは大違いといった感じです。
入居者さんの介護度によって、わたしたちの介助も違ってきます。ある程度のことが自力で行える人と違って、要介護1の方からは車椅子への移乗をはじめさまざまな介助が必要になるのです。
研修生であるわたしたちは、本を読むなどの事前の勉強は当然してあるものと見なされ(それはそうですよね、内定をもらってこの会社で働くことを前提としているのですから)、数日の見学を経て実際に仕事を始めました。
まずは朝九時、夜勤スタッフからの申し送りを受けてから日常業務に入ります。掃除やゴミ捨てなどが、まずはわたしたちの仕事ですね。
午前中、入居者さんはリハビリ体操をしてから水分補給をします。自分でできる方は居室(うちの施設は全部個室です)でとりますが、そうでない方はコミュニケーションルームに集まってコーヒー、紅茶、ココアなど、お好きなものを飲んでいただきます。夏場の水分補給は、ご高齢の方にとってとても大切なのです。

“うちの施設は”なんて言ってよ、もうすっ
かり会社の一員みてえだな、と拳磨は美咲の
張り切る姿を思い浮かべ笑みがこぼれた。

そのあとはトイレ誘導です。廊下の手すりにつかまって自力歩行できても、排泄に介助が必要な方もいます。そうした方は、ズボンやリハビリパンツを下げて差し上げます。失禁があった場合には、パッドの交換も行います。

おいおい、そんなこともすんのかよ。若い
娘がよ……大変だな。

十一時半くらいから食堂に移動し、お昼ご飯になります。
ちなみに今日のご昼食は、ちらし寿司、すまし汁、含め煮、ビーンズサラダで五五五キロカロリー。朝は、ご飯に味噌汁、煎り鳥、梅しらす、煮豆で四七六キロカロリーです。夕食にはナスの挟み焼きや野菜炒めなどが出ます。

俺が普段食ってるのより全然ちゃんとし
てるじゃねえか。ここで三食世話になったほ
うがいいかもしれねえな。

食事は、咀嚼がうまくできない方は、刻み食にします。ひと口大からのさまざまな刻み食があり、嚥下障害のある方にはミキサー食をお出しします。
昼食後は、また居室に誘導し、みなさんテレビを見たりして寛ぎます。排泄介助が必要な方はトイレに誘導します。
わたしたちの昼食は、十一時半から早番、中番、遅番と三段階に分かれてとるようにします。

そうか、工場と違って機械止めるわけにい
かねえもんな。年寄りは動きっぱなしなんだ
からよ。スタッフ全員で昼休みってことには
ならねえんだな。

二時からは“遊びリ”です。“遊び”と“リハビリ”を兼ねたもので、折り紙やぬり絵などをします。
そのあとで入浴。入浴は月曜日と木曜日の週二回です。土曜日は入りたい方だけ入ります。入浴も一人でできない方は介助します。
それから毎食後に口腔ケアも行います。

しっかしよう、他人の下の世話したり、入れ歯掃除したりなんて、とても俺にはできねえや。えれえもんだ……って、俺、前は歯医者になろうとしてたんだよな。こりゃ、やっぱり無理だったってもんだ。

ところで、施設でとてもステキな方に会いました。それも意外な方です。誰だと思います?
ヘヘヘ……その方の名は、ジャン! 
無月純也!! そう、かの神無月グループの御曹司です。

「神無月……純也だって!!」
拳磨は思わずそう声に出していた。

この春大学を卒業した神無月さんは、グループ内の各社を回って研修中なのだそうです。ぜんぜん偉ぶったところがなくて、わたしたちと一緒に現場の仕事をしています。おむつ交換や汚物処理なんかも嫌な顔一つ見せず、率先して行っています。どこの会社に行っても、現場で実地に働くことで、そこの仕事が最も理解できるのだそうです。
そうそう、この間、認知症の入居者さんの男性が、神無月さんに向かって急に、「ちょっと本社に行って来る!」っておっしゃったんですね。その方は、以前はどこかの会社の社長さんをしてたみたいです。神無月さんは、その方に向かって、「承知いたしました。ワタクシもお供します」って。それからお二人は、ご一緒にお庭を歩いていらっしゃいました。
わたし、それを見て、ああ、神無月さんてほんとにステキな方だなぁって改めて思っちゃいました。誰に対しても分け隔てなくて、行動がスマートで、わたしと齢が変わらないのに、ああいうのが本物の紳士っていうんだなって……
それにね、見かけもカッコいいんですよ、神無月さんて。あの端正な横顔。背もすらっと高くって。
あら、なんだか途中から、自分でもなにを書いてるのか分からなくなっちゃいました。そういうわけで、このへんで筆を置きます。
暑い日が続きますので、仕事中は水分をこまめにとって頑張ってください。そうしてまた、元気な姿で吾嬬町に戻ってきてくださいね。また会える日を楽しみにしています。
かしこ 
二〇一一年七月*日
美咲 剣 拳磨様

手紙を読み終えた拳磨は、大きくため息をついた。
(つづく)
 

SPECIAL THANKS
株式会社ヒューテック・藤原多喜夫社長
小説『わたしの時間』(文芸社刊)の著者、山口嵯月看護師

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