kataya

第五章:助っ人

「あー、毛利です」
愛想のいい声を出すためににこやかな表情をつくろうと努めていたが、顔面は引きつっていた。
「はいはいはい、大丈夫。そりゃ、少しは、被害が出ましたけど、まったく影響はありません」
強がりを言っているようだ。
「あー、今週の納品分にも、影響はありませんです」
それを聞いて、隣にいる毛利がハッとした。
「そういうことなんでね、ご心配なさらずに。はい、じゃ、どーもですばい」
樽夫は受話器を置いた。額に脂汗が浮いている。
「父さん! なんで、あんな返事したんだ?!」
デスクの上に両手をついている樽夫に、毛利が食ってかかった。
「仕方ないべ、ああ言うしか」
樽夫の声は力なかった。
「だけど、見てみろよ、この状況を。いったいどうやって仕事ができるっていうんだよ?」
「………」
「機械だって、あんなザマだ」
NC旋盤の上に、棚から部材が落ちモニターが割れていた。
「そんでもよ」
樽夫が声を絞り出すようにして言った。
「そんでも、ああ応えるしかないんだ。仕事引き揚げられたらどうすんだ? みんな終わっちまうべ」
「父さん……」
社員らが無言で二人のやり取りを見守っていた。
「なんとかやってみよう。こうやって幸い電気だけは通ってるんだ」
「だけど、NCを動かそうにも、画面が割れて使えないじゃないか」
「すぐに機械屋にきてもらうさ」
「そんなこと無理なの分かってるだろ? できないのを承知で、あんな返事をしたんだな」
「できねえなんて、言えるか! 俺たちみてえな小せえ工場に声をかけてもらった以上、できねえはねえんだ!!」
今度は毛利が黙り込む番だった。
「NC旋盤は無理でも、汎用機なら動かせるでしょう?」
拳磨は言った。
「そうだ、汎用旋盤がある!」
毛利が顔を上げた。

     *

毛利製作所の工場の隅に、汎用機が一台だけ置かれていた。ここではNC機にすっかり主役の座を奪われているようだった。いや、モノづくりの現場そのもの に、NC化が浸透しているのだ。CAD/CAM、NCフライス、ワイヤ放電、NC放電、NC治具研削盤、マシニングセンター、そしてNC旋盤……
拳磨は、汎用機を扱う自分が、火器が圧倒的な力を振るい始めた幕末になっても、ひたすら剣の腕を磨き続けようとする時代遅れ野郎みたいだと感じることがあった。
拳磨は隅っこにある汎用旋盤に手を置いた。追いやれられている旋盤に、ふと愛しさのようなものを感じた。チャックを手で回してはギアをかちゃかちゃ入れ替え、すべてのハンドルを回して振り返える。
「水準器あります? レベル出しさえすれば充分使えますよ、コイツ」
毛利が、探して持ってきた水準器を刃物台の上に置いた。
ガラス製密閉容器の中にアルコールやエーテルなどの液体と気泡が封入されている。ガラスには標線と呼ばれる基準線が付いていて、中の気泡の位置で平行を見る。これが気泡管水準器だ。
「俺が見よう」
樽夫が水準器を覗き込むと、毛利と拳磨は旋盤の左右に分かれてしゃがんだ。
レベル出しとは、地震で傾いてしまった旋盤を水平に戻すことだ。水平出しともいう。工作機械は水平に置かれてこそ正確な作業が行えるのである。
水準器を見つめる樽夫の指示で、毛利と拳磨は旋盤の底にあるレベルボルトを回して高低差を調節する。レベルボルトと床の間には「あんこ」とか「まんじゅう」といわれる椀を伏せたような形の鉄や鋳物の受けが必要になる。直接コンクリートの床にボルトを当てると加工振動で床が削れ、すぐに機械が水平でなくなるからだ。
「昔の旋盤工はみんな自分で調整していたもんだ。作業者単位でそれができたからよ。手入れさえ怠らなければ頑丈で修理もしやすい。ところが、NC旋盤ときたら、こうやって画面が割れただけで飾り物にもならねえべ」
樽夫のぼやきが聞こえた。
「よし、剣君いいだろう」
毛利が腰を上げた。
拳磨は樽夫と毛利に向かって言った。
「ここは俺に任せてください」
樽夫が頷いた。
「よーし、頼んだ」
そうして振り返り、
「みんな、剣君が旋盤使うから、周り空けて使えそうな工具や道具を全部集めてくれ!」
号令をかけた。
「おう!」
全社員が集合し、最優先で拳磨の周囲をきれいにし始めた。見る間に作業空間が出来上がっていく。拳磨はそれを呆気にとられ、眺めていた。

毛利製作所では、鬼頭精機よりも大きなサイズの品物を手がけていた。毛利から材料代を聞いて加工するのに多少ビビッてしまった。それに、大きな切削音にもビビッて加工速度を下げたりもした。
時々、樽夫が拳磨の仕事を見にきた。
「仕事の早さは荒取りの早さだべ、剣君」
とそんなことを言って笑って去っていった。
不良を出せない急ぎ仕事の中で、拳磨はがむしゃらになって働いた。そう、これは鬼頭から出されるクリアしなければならない課題ではなく、生きた仕事なのだ。それが拳磨にはどこか清々しかった。
決められた時間までに、決められたモノをつくる。そんな単純さが、いさぎよくて好きだった。
久しぶりに拳磨は無心になっていた。そう、鬼頭精機で初めて旋盤を扱った時のように。
作業を終えて毛利家に帰り、相変わらず散らかったままのリビングで塩むすびの夕食をとる。
「こんなのしかできなくって」
と久子がきんぴらやかき揚げを運んできた。
拳磨は口にして、食べ慣れない味わいに、
「なんですか、これ?」
思わず訊いてみた。
「ヤーコンなのよ」
「ヤーコン?」
久子が頷いた。
「このあたりで栽培してるの。もともとはアンデス山脈一帯の伝統野菜でね、アンデス・ポテトなんて呼ばれてるみたい」
そう言われればイモのような歯触りだ。だが、甘い。
「剣君、今日はほんとにありがとう」
樽夫が一升瓶を提げてきた。
「これ、割れ残った地酒。一杯飲(や)るべ」
久子、毛利、拳磨の前に置かれたコップや湯飲みに、樽夫が酒を注いでいく。
(つづく)
 

SPECIAL THANKS
株式会社ヒューテック・藤原多喜夫社長
アルファ電子株式会社・樽川久夫社長

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