kataya

第五章:助っ人

「なあ、剣君」
と樽夫がこちらを振り返った。
「これもオニセンの、修業に出したあんたんとこの社長のおかげだとつくづく感謝してんだべ」
到着した工場は、依然としてどこから手を付けていいか分からないような状態のままだった。
「これでもだいぶやったんだけどな」
お手上げといった感じで樽夫が周囲を見渡した。
その隣で毛利が、
「天井や壁は工事業者を入れないことにはどうにもならない。けど、その前になにしろ片付けないことには」
「手分けしましょうよ。俺、ガラス専門に片付けますから」
拳磨がそう提案した時だ、
「おはようございます」
社員が現れた。一人、二人、続々と入って来る。
「おはようございます」
「おはようっす」
「おお、みんなきてくれたか!」
「ガソリンがなくって車が出せねえってやつが何人かいて、途中で拾えるヤツは俺の車に乗せてきました」
「そうか翔太、ありがとう! ありがとう!!」
若い社員とのやり取りを眺め、樽夫の仁徳を感じる拳磨だった。きっと働きやすい職場なんだな、毛利製作所は。期限付きレンタル移籍なんていわねえで、いっそのことFA宣言しちまうか。
「あ、社長。萌のとこだけはちょっと離れてるんで、乗せてこられなかったんですよ」
翔太と呼ばれた社員が申し訳なさそうな顔をした。
「うん、いいべ、いいべ。萌も、家のほうが大変だろうし、今日は無理にこんでもいい。おまえらがこうやって集まってくれただけで、俺はもう充分だ」
そう言って彼の肩を叩く。
「さあ、みんなやろうぜ!」
翔太が振り返って声をかける。
「おう!!」
社員らが片付けに散って行った。
それを見て、拳磨も勇気を得た。よし、やろう! そうだ、やるんだ。そのために俺はここにきたんだ。
とはいえ、これだけめちゃくちゃになってしまっては、平常通り業務ができるまでには一ヶ月くらいかかるんだろうな、といった考えがよぎる。いや、ガソリンも満足にない状況だ。水道も止まっていて、トイレにも裏の貯水池から汲んだバケツを提げて行くような有様だった。工事業者だってきてくれないかもしれない。
「萌ちゃん!」
毛利の声が響いた。

工場の入り口に、作業服を着た小柄な若い女が立っていた。
毛利がそう呼ぶ名を聞いて、彼女が昨夜の話に出てきた、地震で一人工場に取り残された社員であると分かった。
「すみません、専務。遅くなりました」
「きみ、どうやってきたんだ?」
「歩いて」
「歩いて!! それって、どれくらい?」
「三時間半かかっちゃいました。朝、早く出たんですけど」
「三時間半、雪の中をか」
けろりとした顔で萌が頷く。
毛利の横で、感に堪えないといった面持ちの樽夫が、
「萌……おめえ」
彼女に近づき抱きしめようとした。
「はい、それ以上するとセクハラだからね社長」
息子がそれを引き離す。
「あたし、ついこの間まで、毎日往復二時間歩いて高校通ってたんで」
「それにしてもよ……」
感動に打ち震えている様子の樽夫に向かって今度は萌が、
「社長、工場は大丈夫ですよね? また、みんなで一緒に働けますよね?」
「当ったり前だ。大丈夫、すぐに元通りにするべ」
その時、事務室から久子夫人が飛び出してきた。
「社長、三洋自動車様からお電話!」
樽夫の表情が変わった。
「ウチの一番の取引先なんだ」
隣にきていた毛利が、そっと拳磨に耳打ちした。
「ここで取る。何番だべ?!」
樽夫はそう久子に問いかけておきながら、返答を待たずに素早く受話器を取り上げた。そうして厳しい表情で、ビジネスフォンの点滅しているボタンを押した。

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