【諦めずに挑戦し続ける力】
1967年4月生まれ、10歳からサッカーを始め現在も時々プレーしています。プロの三浦知良選手とは、同じ年生まれです。(学年では1つ上の先輩)レベルの差は言うまでもありませんが、彼が現役を引退するまでは、私もプレーを続けていきたいと思っています。
バブル景気が終わった1991年4月に社会人となり自動車部品メーカーに6年間お世話になりました。1997年に父親(現会長)の会社へ入社し、1999年に代表取締役に就任。
入社後は、体力任せにいろいろな事に挑戦してきました。
新事業の立上げ、海外への事業展開、新商品開発(特許出願)、企業M&Aなどに取り組んできましたが、軌道にのせるまではとても大変でした。簡単な部品一つまともに造る事ができず徹夜したことや、海外事業では、騙されて高価な設備を買わされたり、法外なコンサルタント料を支払ったり、袖の下を請求されることもありました。多くの失敗をしましたが、一緒に活動してくれるチームがあったので、諦めずに挑戦し続けることができました。
危ない危ないと言ってリスクを避けていては、人の生きる力を弱め発想力も低下します。これからも、チームと一緒に新しい技術やモノづくりに挑戦し続けることで、世界の産業や生活が良くなるような何かを生み出し、社会に貢献していきたいと思っています。
最終更新日:2026-06-05
最終更新日:2026-06-05
最終更新日:2026-06-05
| 1958年 8月 名古屋市北区黒川町で中京硬質クローム工業所として、個人創業開始。 |
| 1960年 4月 名古屋市北区山田町に移転し、中日硬質クローム工業とする。 |
| 1968年11月 春日井市御幸町に工場を新設。 |
| 1971年 4月 会社設立。社名を中日硬質クローム工業株式会社とする。 |
| 1979年12月 金型部門、株式会社中日金型として分社。 |
| 1985年 8月 本社工場(現本社第1工場)拡大。大型用めっき設備および10tクレーン増設。 |
| 1997年 5月 亜鉛・無電解ニッケルめっき、部品・治工具の製作工場(現本社第2工場)開設。 |
| 1999年 4月 社名を中日クラフト株式会社に変更。 |
| 2003年 3月 大型工場(現本社第3工場)建設および大型用めっき設備・20tクレーン増設。 |
| 2003年 3月 ブラジルのめっき会社ジュピトランス社(現TORATA SERVICOS DE CROMAGEM LTDE) |
| 2003年 7月 M&Aにより(株)ライズプラスチックがグループ会社となる。 |
| (さいたま市桜区栄和3-3-1、プラスチック成形) |
| 2005年 3月 アメリカのイリノイ州にCHUNICHI PRECISION MOLDING,INC.(USA)を中日金型と共同で設立。 |
| 2005年 4月 関東工場開設。 |
| 2005年 8月 中国のめっき会社深圳市大王山超越五金塑膠有限公司へ技術支援開始。 |
| 2005年11月 南アフリカのめっき会社BROOKLYN社へ技術支援開始。 |
| 2005年11月 レーザ部門開設。レーザ溶接を開始。 |
| 2006年 8月 神屋工場新設。 |
| 2006年12月 ISO 9001・14001を習得。 |
| 2008年 4月 岡崎工場開設。 |
| 2010年 7月 関東工場 川島町へ移設。 |
| 2011年12月 中国の深圳市に深圳市玖隆豊科技有限公司へ技術支援開始。 |
| 2013年 5月 タイのパトゥムタニ県にCY HARD CHROME CO.,LTD.(THAILAND)を設立。 |
| 2013年10月 レーザ部門拡大。レーザ焼入れを開始。 |
| 2014年 1月 ペット事業部新設。 |
| 2015年 4月 御幸工場開設。工機部門・レーザ部門が移転。 |
| 2019年 4月 グループ会社の(株)ライズプラスチックと合併。 |
| 2020年 7月 旧中日金型工場に第4工場を新設。 |
| 2024年 9月 横浜営業所開設。 |
| 2025年 3月 本社第5工場開設。レーザ部門が移転 |
最終更新日:2026-06-05
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