第2話 花丘製作所の人々

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「看護師さん」

「かんご……へさん」

「看護師さん!」

「かんごえ……さん」

「看護師さんでしょう!」

「かんご……おっさん」

「おっさんじゃないでしょう。お父さんの担当の看護師さんは、若くてかわいい女の看護師さんじゃないの! はい、もういちど!!」

「か……ごひさん」

「どーして、ますます言えなくなるわけ? もっとゆっくり、か・ん・ご・し・さん――でしょ!」

明希子が病室をのぞくと、言語障害になった父を母がスパルタ訓練していた。

「あそこにあるのはなに?」

と言って、静江が部屋の隅に置かれた消火器を指した。

「………」

誠一はしばらく眺めていたが、それがなんなのかわからないらしい。出血したのは脳の言語中枢で、機能のある程度を失ったと松尾医師から説明があった。

「消火器じゃないの!」

と静江が焦れたように言った。

「ね、消火器でしょ? わからないの? さ、言って、消火器」

「しょう……かこ」

「消火器!」

「しょう……かく」

「ちがうでしょ!し・よ・う・か・き。はい、もういちど!!」

「しょう……」

「火器」

「か、き」

「つなげて早く!」

「お母さん、そんなにせかしたら、お父さんかわいそうよ」

「そ……そ……そうだよ、かわい、そうだ」

誠一が言うと、静江がきっとにらみつけた。

「お父さんのためを思って、あたしは心を鬼にしてるんでしょう」

「でもね、お母さん、お父さんは努力が欠けていて言葉が出ないわけじゃないのよ。そんなだと、心理的な圧力でよけい言葉が出にくくなるし、話す意欲を損なうことになるわよ」

「だって……」

こんどは静江がしょんぼりしてしまった。

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