第8話 決別

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「しかし、考えようによっちゃあ、うちも苦しいわけだし、いいリストラができたってもんかもしれませんよ」

菅沼の言葉に、執務机の上で組んだ自分の手をじっと見つめていた明希子は、

「それはない。やっぱりそれはないわ。いつだって人材は会社のエネルギーよ。エネルギーが足りないとエンジンの馬力だって落ちるでしょ」

けっきょく製造部から4人、設計部から2人の社員が去っていった。

菅沼がため息をついた。

「笹森産業っていったら、射出成型、部品加工と手広くやっててね。営業が派手なんだ。こう、ばっと接待費つかって。そうか、あそこも金型はじめるのか……」

笹森産業の動きが気にならないとは言わない、しかし、それよりなによりいまは資金繰りだ。

――「いまや花丘製作所の経営状況は火の車だ!」

高柳の声が頭のなかで響く。

――お金。お金。お金。お金。そう、お金のことはお金でしか解決できない。

落合には毎日のように電話をかけていた。明希子にはわからないことだらけだったし、なにかにつけて相談していた。時には落合の会計事務所にも足を運んだ。

落合も忙しい。あまりに頻繁な問いかけに、返事の言葉が素っ気なく感じられることもあった。

ある日、やはり電話で話していると、「地元の信用金庫に相談してみては」と落合に提案された。

「信用金庫ですか?」

「ええ」

落合の声は、その場しのぎのようにも聞こえた。とにかくなにか言って、この電話を切ってしまおうとしているようにも。あるいは、そんなふうに感じるのは、明希子のひがみなのかもしれなかった。

「また、なにかちがう展開があるかもしれませんよ」

「信用金庫……」

「そう」

営業基盤の大きな都市銀行に見放された花丘製作所に、吾嬬町の小さな信用金庫がはたして融資してくれるのだろうか?

もしかしたらとうとう落合に愛想を尽かされたのではないかという気が近ごろしていた。自分は社員に逃げられてしまう信頼のない社長なのだ。

「落合先生」

「はい」

「先生はいまでも、わたしが会社を継ぐべきではなかったと思っているのですか?」

「思っていますよ、アッコさん。そう思っています。社長になどならなければ、あなたはこんなに苦しむ必要はなかった。私は忠告したはずですね」

「………」

「吾嬬町の信用金庫に行ってみてください。これは、いまのあなたへの助言です」

落合が電話を切った。

「申し訳ありませんが」

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