「それでジョニー、お前の知っているすごい情報ってなんだ? もったいぶらずに教えてくれよ」
小川は、ジョニーというしゃべることのできる金型の表面を手持ちぶさたに撫でながら促した。
「あ~、う~ん、気持ちイイかも……っていうか、シンジなにしてるんだよ? やめてくれっていうか、もっと強くさすって欲しいというか、やっぱやめて」
ジョニーが乙女のような吐息をもらしながら喘いでいた。
「ジョニー、大丈夫か? おまえ、鉄の塊のクセにさわってもらうと気持ちイイのか?」
小川は、人間として至極当然のことをきいた。ききながらも、いまの自分の置かれている状況をやっぱり信じられないでいた。それも無理のないことだ。なんたって鉄の塊であるはずの金型がしゃべるのだから。その上、触感や感情まで持っているのだから。そんな複雑な思いをめぐらせている時に、ふとあることに気づいた。
「おいジョニー、おまえ、オレが触れたのがわかるんだよな?」
「あー、そうだよ」
金型のジョニーが、当たり前だと言わんばかりに答えた。
こいつのこの自信とふてぶてしい態度はどこから出てくるのかとイラつきながらも小川は続けた。
「だとしたらジョニー、おまえ、金型として活躍するなんて絶対に無理だよ。だって考えてもみろ、おまえはこれから何万ショットって働かなきゃならないんだぜ。それなのに俺がちょっと触っただけで“あ~ん”なんて言ってる奴にプレスの圧力が耐えられると思うか?」
「なにを神妙な顔をしているのかと思ったらそんなつまらんことを考えていたのか」
「つまらんことって?」
「まあいいから聞けよ。実は俺も最初はそのことをすごく心配していたんだ。なにしろ昼間のテストショットのときは死ぬほど痛かったからな。これじゃあ金型として働くとしたら命がいくつあっても足りねえとも思った。でもな、わかったんだよ。俺はおまえらエンジニアがちゃんとした仕事をしたときは、痛くもかゆくもなく気持ちがいいんだ。俺が痛いのは、おまえらがしくじった時だけなんだよ。だから余計な心配してないで俺を最高の金型に仕上げてくれよ」
ジョニーの言葉を聞きながら、小川はいまさらながら師匠の渡辺の“困った時は金型にきけ”という教えがわかったような気がした。
EMIDAS magazine Vol.14 2007 掲載
※ この作品はフィクションであり、登場する人物、機関、団体等は、実在のものとは関係ありません