第4話 俺は金型(3)

どうやら俺の手術がはじまるようだ。うわさでは、うまい奴が執刀するときれいになれるし、そのうえ気持ちよくなれるらしいが、運悪くヘタクソな奴が執刀したりすると、身体中に刃物が引っかかって痛かったり、ギザギザになったり最悪だと聞く。まあ、もっとも本当に最悪なのは、〝オシャカ〟と呼ばれ、裏の空き地に放り出されることらしいが……。〝オシャカ〟になるとそのまま海の向こうにスクラップとして売られてしまうという恐ろしい話も耳にしたことがある。

ここまできたら俺も覚悟を決めてすべてをこの小川に委ねてみようと思う。見た感じは、ホスト崩れみたいな雰囲気をもっているが、性根はいい奴みたいだし、なにしろなんだかんだとぼやいてはみても、最後にはむずかしいことに挑戦する姿勢が気に入った。近頃じゃこんな若者見なくなったもの。この会社の材料置き場に放置されていたときに多くの若者を見てきたが、どいつもこいつも調子よくて、そのくせ言い訳ばかりする。まずできるか、できないかやってみる姿勢が大切だと俺は思うんだ。できなければそのときまた考えればいいと。

高速で俺に近づいてきた刃物は、俺のだぶついた表面をシュルシュルってきれいに削っていく。「う~ん、気持ちいいではないか。小川って、見かけによらず名医かも」手際よく俺の身体の贅肉をとり、表面を磨き上げてくれた。

そうして、うとうとしていた俺は頭の上からドリルが高速で唸ってくる音で完全に目が覚めた。「うわ~、死ぬ~」って叫ぶ間もなく、ドリルは俺の身体を突き抜け穴をあけていく。 しかし、これもあけてみると、たいしたことではなかった。見るからに痛そうに思えたが、スーッとあいてしまい風通しがよくなって、かえってすがすがしい。

気がついてみると、俺はいろいろな仲間達に囲まれている。「これが噂に聞く金型って奴だな」そう、俺はやっと一人前の金型になることができた。来る日も来る日も外に放置されていたときは、どうなるものかと心配したが、今では一人前の金型だ。これで俺を生んでくれた両親や兄弟達にも胸が張れるってもんだ。「金型材料として生まれてきたからには、世の中に役立つ金型にならなきゃな。間違っても〝オシャカ〟になんてなるもんじゃねえぞ」って言っていた鋳物工場の爺さんの言葉が脳裏をよぎる。

「さあ、あしたからドンドン子供をつくるぞ~」って張り切る俺に冷たい眼差しを向けるアイツの存在をこのときは知る由もなかった。

EMIDAS magazine Vol.9 2006 掲載

※ この作品はフィクションであり、登場する人物、機関、団体等は、実在のものとは関係ありません

 

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