第3話 俺は金型(1)

小川は、俺のまえに座るとぶつぶつと語りはじめた。

「会社は俺のことを、設計から解析、製造、そして最終仕上げまでこなせるスーパーエンジニアに育てたいらしい。おかげで最近では、新聞や雑誌に取り上げられたりして、有名になったけどな。俺のことをすべての技術を身につけたクロスファンクションエンジニアなんて訳わからん名前でまわりの人は呼んでいるけど、受付の女の子は、いまだに俺のことを避けやがる。工藤専務が〝女が放っておかないぞ〟って言うから引き受けたのにどういうわけだ? 毎日、パソコンの前に座らされて、なんにもいいことなんかないじゃないか。……考えてみたら、おまえも可愛そうだよな。普通だったら、セクションごとのエキスパートに担当されて、オシャカになることもなく、世に出て自動車のプレス金型として活躍できたのにな」

オシャカ? こいつ、俺のことをオシャカにするつもりなのか? 俺を生んでくれた鋳造工場の爺さんの言葉が脳裏をよぎる――「おまえらも今日から立派な金型材料だ。堂々と胸を張って生きていくんだぞ。まちがってもオシャカになんかなるんじゃねえぞ。オシャカになんかなってみろ、遠く海の向こうの異国に送られて、臭いばっかりの油塗られて、キズができても手当てもしてもらえず、最後にはお払い箱だぜ」

おいおい、かんべんしてくれよ。

「小川、ちょっと待て、落ち着こう。話せばわかる。女だったら俺がなんとかしてやる。オシャカだけはかんべんしてくれ」

そう言う俺の声を掻き消すかのようにギュイーンって大きな音で恐ろしい刃物が俺に近づいてきた。

そのときだ、後ろから誰かが声をかけてきた。

「おう、シンジ。やっと削りはじめるのか? おまえもたいへんだな。でも会社の希望の星、クロスファンクションエンジニア様だからな。せいぜい気張っていい金型つくってくれや」

「ああ、まかせてくれ。誰をも唸らせる金型をつくってみせるさ」

俺はそのとき、この小川シンジって奴の苦悩を察した。会社の無理難題な指示に従い、周りからは嫉妬の目で見られ、それでも業務に忠実であろうとする姿はカッコよくさえ見えた。

EMIDAS magazine Vol.8 2005 掲載

※ この作品はフィクションであり、登場する人物、機関、団体等は、実在のものとは関係ありません

 

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