なんだか朝から嫌な話を聞いてしまった。あいつらが、とかく評判の悪いこの会社の内原社長と工藤専務だな。なんだか難しそうなことを言っていたけど俺には関係ないわな。
だけど、小川君がどうだの、かわいそうだのって言っていたけど、小川ってあの小川か? 半年前に俺の前に来て、
「俺がお前の担当をすることになった。よろしくな」
って言ってたっけ。あいつの胸には〔小川〕って名札がついていたなあ。まあ、俺には関係ないけど。
だいたい、もうこんな生活をどのくらい続けているんだろう? いっしょに生まれてきた兄弟たちは、すでになにか社会の役に立っているのかと思うと焦りも感じてくる。
「もしかしたら、俺はこのまま朽ち果てるのか?」
そんな焦燥感にさいなまれていたある日のこと――ブゥオーって大きな音をさせて巨大な鉄の塊のようなクルマが近づいてきた。俺はこいつのことをよく知っている。いつも乱暴な運転で俺の兄弟たちは薄皮をむかれてヒィーヒィー泣いていた。俺たちのことをもっと優しく扱って欲しいと常々思っていたものだ。
そいつは、やはり俺の薄皮をキィーっと引っ掻きながら爪を差し出してきた。
「いて痛ぇよ、もっと優しく扱え!」
という声を無視するかのように、軽々と俺を持ち上げると建物のなかへと運んでゆく。
はじめて入る建物のなかは、まばゆいばかりの光に溢れていた。天井からはシャワーのように水銀灯が降りそそいでいる。さらには贅沢にもダブルの蛍光灯が俺を照らし出していた。まるでデビューしたてのアイドルのような扱いだ。
俺は、大きなベッドといわれる台の上に乗せられた。ベッドといってもどうやら安眠できそうもない。何やら手術台のようだ。
執刀医らしき若者がやってきた。
「あっ、小川だ」
俺は思わずつぶやいた。「俺がお前の担当をすることになった」と言って以来、休み時間のたびにやってきては俺の上に尻を乗せる失礼な奴だ。俺はこいつが休み時間ごとにメールに夢中になっているのを知っている。そしてそのメールで盛んにアプローチしていた彼女に最近振られたことも……。
EMIDAS magazine Vol.7 2005 掲載
※ この作品はフィクションであり、登場する人物、機関、団体等は、実在のものとは関係ありません