第18話 ものづくりは愛だ(6)

「中止ってなんですか? どうしてですか?」

「もう決まったことだ。初めて手がけたプロジェクトが中止だなんて、小川には気の毒だと思うが仕方ないことだ。あきらめろ」

「あきらめろって、渡辺さん、そんな簡単に言わないでくださいよ。どんな気持ちでここまでやってきたと思っているんですか? 新しいプロジェクトでエンジニアを募集していると聞いて、工業高校しか出ていないオレでも手をあげていいって聞いて。まさかのように選ばれたけれど、周りからは嫉妬の眼差しで見られ、ヘマすりゃ、あいつには荷が重いとか、うまくいけば渡辺さんがフォローしているからだとか、誰もオレのことなんか認めてくれないのに、途中で投げ出したらみんなに迷惑がかかると思って、今日まで死に物狂いでやってきたんですよ。それを今更中止だなんて」

「誰だってやれるもんならやりたいさ。小川、おまえ1人じゃないんだ。今度の日本発の本格的スーパーカーをつくろうというプロジェクトに命がけで取り組んできたのは。でもな、3,000万円もするクルマを買う人が今、どこにいるんだ。フェラーリやランボルギーニのようなクルマを買う人は今もいるだろう。でも、高級車の実績の無いエヌシーのクルマに大枚はたいてくれる人はいない。悔しいけれど、販売やマーケティングの連中の言うとおりだと思うぞ。リーマンショック以降、市場は変わっちまった。今必要とされているのは、ガソリンを大量に爆発させて素っ飛んでいくバカ速いクルマじゃなくて、ガソリン一滴一滴を大切に使って走る、燃費のいいクルマなんだよ」

「売り出す前から売れないって、決めてかからなくてもいいじゃないですか?」

「売れるかどうか分らんクルマに、金をかける余裕はウチには無いと思うけどな。万が一、このまま市販して634が売れなかったら、ウチの会社だって危なくなるぞ」

「634っていうんですか? 今度のクルマ」

「言わなかったか? 6リッターの4輪駆動ということで、社長の実の兄で共同創業者であった今は亡き前社長の内原武蔵さんの武蔵とかけて、634。通称、ムサシだ。そこまで決まっていたプロジェクトを中止した社長の身にもなってみろ。守らなきゃいけないのは、やりたいという信念ばかりでなく、会社とそこに関わる従業員とその家族。そして日頃から協力してくれているサプライヤーの皆さんなんじゃないのか?」

EMIDAS magazine Vol.23 2010 掲載

※ この作品はフィクションであり、登場する人物、機関、団体等は、実在のものとは関係ありません

 

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