第17話 ものづくりは愛だ(5)

「なんとなくわかったような気がします。その秋山さんって、今は何しているんですか」

「長いこと、面倒をみていたママとふたり、仲良く暮らしていると聞いたことがあるが、はっきりとはわからん」

「ところで、それと真由美さんの件と何の関係があるのですか?」

「確かに初めは会社の恥部を隠すという言い訳が成り立つということで、自分を誤魔化していたけれど、私だって男だ。きれいな女性が嫌いなわけじゃない。自ら飛び込んできたきれいな蝶に年甲斐も無く熱を上げたよ。でもな、そのうち気付いたんだよ。真由美は私と別れたら、どう生きていくのか? ワガママを許してあげられる間はいいが、その後はどうするのかということに。そして今ははっきりとわかる。私は真由美を愛しているんだ。ミズエヌシーとか、そんなことは関係ない。一人の女性として愛しているんだ。だから、長い独身生活にピリオドを打つことにした。真由美も私の気持ちを受け入れてくれた」

「おめでとうございます。社長」

「ありがとう、渡辺君。そう言ってもらえると純粋にうれしいよ」

「小川もおめでとうくらい言えないのか。まあいい。とにかく、ややこしい話はこれで終わりだ。金型だって試し打ちが終わっただけで、量産に向けてまだまだやることはたくさんあるぞ。あの口うるさい品証部の審査だって受けなきゃいかんし、そのための資料だってこれからなんだろう。すでに計画から1ヶ月近く遅れているんだ。早く書類を回さないと、本当に間に合わなくなるぞ」

そう言うと、渡辺は内原社長と工藤専務を促して次の視察エリアへと離れていった。

 人影が消えると、久しぶりにジョニーが口を開いた。

「人間の世界も大変だな。でもこう見えても金型の世界も、それはそれで大変なんだぜ。特に俺には多くの金型部品の魂が委ねられているからな。バネだってピンだって言いたいことは山ほどあるだろうに、金型が完成した時点できれいさっぱり魂が蒸発しちまうんだ。まるで最初から無かったように、跡形も無く消えちまうんだ。そのかわり、この金型のすべての状態が俺には自分の身体の出来事としてわかるのさ」

「まるでプリティウーマンだな。カッコ良過ぎるよ、社長は……。さあ仕事、仕事。やること、とっとと終わらせてオレも恋をするぞ~」

「そうだよ、シンジ。その調子で行こうぜ。すべてのものごとは愛から始まるんだぜ。人が人を大切にするのも愛だけど、人がモノを大切にするのも愛だ。愛の延長線上で人は生を受けるけど、モノだって愛無しじゃ良いモノ、長く大切に使ってもらえるモノはできないんだぜ」

EMIDAS magazine Vol.22 2009 掲載

※ この作品はフィクションであり、登場する人物、機関、団体等は、実在のものとは関係ありません

 

バックナンバー

新規会員登録