第11話 俺たちは相棒だ(4)

「おまえ、金型のくせに古くさい言葉知ってるなあ」

「ああ。なんたって、俺にいろいろと教えてくれたのは鋳造工場のじいさんだからな。美空ひばりだって歌えちゃうぜ。まあ、そんなことはどうでもいいや。いいか、よく聞けよ。シンジ、おまえ、この会社の受付の真由美嬢のこと好きだったよな」

「まあ、好きっていうか憧れかなあ。あの人の笑顔を見ているとなんでもしてあげたくなるんだよな。彼女みたいな人のために可憐って言葉があるんじゃないかと思うよ。オレ、真由美さんと付き合えるんだったら、土下座でもなんでもするぜ」

「じゃあ、社長になるんだな」

「なんだって? どうしてここで社長が出てくるんだよ? 関係ねえだろう」

「ほとほと察しの悪い野郎だなあ。あの真由美嬢はな、内原社長とデキてるんだよ」

「おいジョニー、いい加減なこと言うなよ。あの真由美さんに限ってそんなことあるはずねえだろう。だいいちあの赤鼻社長のどこがよくって付き合うんだよ? 歳だって親子ほど違うんだぜ」

「じゃあきくけどよ、いくら自動車メーカーといえども平の女子社員がバーキンだとかケリーだとか持てるか? 普通、ありえねえだろう。それにあの女のインナーは、いっつもドルガバだぜ。製造工場の制服の下にドルガバ着る女がどこにいるんだよ? あの女はな、自分の美貌を代償にして社長からかなりの手当をもらっているんだよ」

小川はジョニーの言うことが信じられなかった。

いままで会社のスーパーエンジニア構想に乗せられ、やりきれないと思うこともいろいろあった。けれど、一日に数回見かけるあの笑顔に憧れて、スーパーエンジニアになれれば、もしかしたら自分も彼女と近づけるかもしれないと淡い期待を抱いていたことも事実だった。

その憧れの真由美が社長の愛人になっているなんて信じたくなかった。金のために自分の身体を投げ出す女だなんて認めたくなかった。

しばしの沈黙のあと、小川はつぶやいた。

「そんなの嘘だ。だいいち、どうして金型のおまえがそんなこと知っているんだよ?」

「諦めの悪い野郎だな。さっきも言ったろう。俺が半年間も放置されていた場所は給湯室の前で、その横が女子更衣室だって。さらにその上の2階が役員室と秘書室だぜ。偶然だろうけど、俺がいた場所は、この会社の破廉恥な情報に満ち満ちていたんだよ。人事の軋轢から男と女の秘めごと、揉めごとまで知りたくなくても全部聞こえてくるのさ。あの真由美嬢だって言ってたぜ。社長がしつこくてたいへんだと。それでも月々の50万円という特別手当は捨てられないんだってさ」

EMIDAS magazine Vol.16 2007 掲載

※ この作品はフィクションであり、登場する人物、機関、団体等は、実在のものとは関係ありません

 

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