第22回 株式会社 荏原精密

( 初出:日刊工業新聞社「プレス技術」 第39巻 第3号 (2001年3月号) )

執筆者 内原康雄

デジタルファクトリーの名のもとに、この連載をスタートしてもう3年ほどになる。その間に、製造業もIT(情報技術)革命の名のもとにデジタル化を推進する動きが出て来た。振り返ってみると、これまで筆者がテーマにしてきた題材もあながち間違ってはいなかったのかもしれない。
さて、今回紹介する荏原精密は、デジタル化の波を捉えながらこれまで培ってきた経験をもとにしたアナログの技術を見事に融合させている工場であると言える。
東京都大田区荏原で初代、中島社長が金型製作工場としてスタートした。現在は、2代目の中島一郎社長が技術を引き継いでいる。工場も横浜市港北区に移し、金型だけでなく、試作、板金、量産プレスと客先のニーズに合わせて受注範囲を広げている。
短納期、低コスト、高品質を合い言葉に、主として弱電業界に部品を提供している。その部品ジャンルはコピー機をはじめ、プリンター、自動改札機、カーナビなどのメカ部品を中心にしている。得意先はリコー、東芝、沖電気、古河電工など多岐に渡っている。

荏原精密のモノづくり

中島 一郎社長

荏原精密のモノづくりについていろいろ訊ねてみた。中島社長自身、中学、高校、大学と春、夏、冬休みと言えば必ず親の工場でアルバイトしていたそうである。
「中学生の頃から休みと言えば、工場で毎日コンタマシンで型材を切りました。またある週は毎日研磨したりしていました。学生でしたので覚えも早く、また、同じ仕事をやっていると飽きるのでいろいろ改良を重ね、工夫する癖がついたのもこの頃です」
と、中島社長は当時を振り返える。
「大学の頃になると、もうほとんどの仕事を覚えてました。ある時、オヤジがある試作を任せてくれたのです。この仕事はいつもならある職人に任せていたのですが、その職人が突然辞めてしまったのです。その時は1カ月近くかけて、この仕事をやり遂げました。売上げは75万円でした。この仕事で自信がつきましたね。また、学生にしては結構いい給料をいただいてたと思います。それに遊びませんでしたから、お金は貯まりましたよ(笑)。そういったわけで、大学を出たら自然と会社に入っていたのです」
先代の社長とはどんな関係でしたか?という問いに対して、中島社長は、
「そう言えば一度反抗したことがありました。親父に喫茶店を経営したい、と言ったのです。そうしたら、親父はやるのは勝手だが金は出さない。勝手にやれ!と言ったんです。まあ、私も考えてみたら、そんなリスキーなことをやるよりもと思い、親父の仕事に自然と入ってしまったというわけです。親父はうまくレールを引いたのだと思います」
そういった経歴が現在の荏原精密をつくっているだろう。
後継者問題は、日本の製造業にとって大きな課題であるが、荏原精密では技術志向のもとに経営交代が行われたと言えるのではないだろうか?
「私が入社した頃は、休日を数えたら年間70日しかありませんでした。それである時、親父に一年間の予定を立てたいがどうだろう?と訊ねたのです。そうしたら、OKが出たので早速、年間休日表を作ったんですね。しかも10日間も休みを増やしたのです。親父が気づいていたかって?それは知りませんが(笑)、当時はどんどん儲かっていましたから文句も出ませんでした」
経営者としての自覚を持ったのはいつ頃ですか?と言う問いには、
「バブルの真っ最中ですが、ものすごく儲かった時期がありました。それで私も天狗になって親父も誉めてくれるだろう、と思ってガンガンやっていたんですね。そうしたら親父が、お前、税金どうするんだ?金がねえぞ!って言うわけです。この時ですね。経営者は常にお金と向き合って仕事をしなければならない、と感じたのは……。なにしろ、それまでは作ることしか考えていませんでした」

試作部品

プレス部品

荏原精密の生産システム

荏原精密の製造ラインは主として、量産、金型、試作・板金の三部門で成り立っている。今回は、その中から金型および、試作・板金部門の生産システムを紹介する。
金型部門は、ワイヤーカット2台を中心に精密金型を製造している。主たるCAD/CAMは「Dipro-WIN」(ソディック)である。また、DXFなどの読み込みや簡単な作図に、「図脳Rapid」(フォトロン)NCデータを、出力用に低価格NC作成ソフト「Nasca」(浜松合同)を導入している。非常に簡易なシステムながら、役割がキチンとされているシステムと言えるだろう。
こちらではデータが貯めてあるPCを独立させ、インターネットには接続していない。最近はウィルスの問題があるので、社内LANは独立させているそうである。
一方、試作・板金部門は、「CADMAC」を主CAD/CAMとしている。「CADMAC」を中心にLANが組まれ、レーザー加工機、タレットパンチャー、NCベンダーまですべてLANに接続している。さらに、CADデータ、NCデータだけでなく、生産工程を把握するためのシステムが組まれており、製造工程別にどこまで生産が進んでいるかが把握できるシステムとなっている。
「製造システムはそこそこできていますが、最後は頭脳ですよ」と中島社長。
「現在のように多種の工作機械があり数量もバラバラだと、この製品を何で作るのか?それを瞬間的にジャッジし、最短の工程、労力で作り上げる組み合わせを考えるのが、われわれの最大の仕事です。客先は何で作るかが重要ではなく、製品が欲しいわけです。ですからわれわれがそれを考えて、最短で作っているわけですよ」

まとめ

筆者自身の感想を述べさせてもらえるなら、荏原精密は優れた工場であり、また、優れた技術思想で経営をしているが、社長に実のところ、日本の製造業はどうでしょうか?という質問をぶつけてみた。
「いやァ、厳しいですよ。私はプレスの時代は終わったと感じてます。当たり前の話ですが、量産という生産システムは人件費が安い国にはかないませんからね。となると、われわれは小ロット製品で生きていかなければなりません。弊社も板金によりシフトしていくと思います」
国の製造業支援についても、
「支援はいいです。それより税制優遇が必要です。もし、国が製造技術を本気で残したいのなら、やはり税制優遇が一番必要です。どう考えても、日本で製造していくのは厳しい。材料は高いし、人件費も高い。また、税金も高い。これから製造をやろう、という人は現れませんよね?」
と厳しい意見をいただいた。
エヌシーネットワークの試みには、高い評価をいただき、
「今後、系列のいいなりにならないような仕組みをぜひ作っていきたい」
と語っていただいた。
今後、モノづくりが再編成される中での荏原精密の今後の取り組みについて期待したい。

会社概要
株式会社 荏原精密
創立1972年8月
代表者代表取締役社長 中島 一郎
資本金1,500万円
所在地本社
〒211-0034 川崎市中原区井田中ノ町 20-11

第一工場
〒223-0051 横浜市港北区箕輪町 2-19-6

TEL(045)562-4351 FAX(045)562-6691
従業員40名
業務内容精密プレス部品、精密板金部品、精密試作部品、プレス金型・設計製作、治工具・設計製作、各種組立
主な設備
名称能力台数
トルクパックプレス110トン1
80トン2
60トン3
45トン2
35トン3
フロンティア45トン2
35トン1
シャーリング 2
研削盤 4
マシニングセンタ 1
スポット溶接機 4
レーザ加工機 3
プレスブレーキ 8

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